安楽死の刑法上の分類
安楽死とは、死期が迫り耐え難い苦痛がある患者さんが、その苦痛から逃れるため、生命を短縮する手段によって死を選択することを指します。
日本の判例では、安楽死は医師によって行われることが前提とされており、安楽死の分類で特に重要な論点は「殺意の有無」にあります。
殺意がある場合は殺人罪の適用となり、殺意がない場合は過失致死などいわゆる致死罪が成立する可能性があり、両者では刑の重さが違うため、刑法上は「殺意の有無」が重要な論点となるのです。
この観点から、安楽死は次の3つに分類されます。
1.死に至らせる意思(殺意)がある場合
① 積極的安楽死(殺意あり)
死に至らせることを意図し、薬剤投与などの医療行為によって患者さんを死亡させるものです。
② 消極的安楽死(尊厳死)(殺意あり)
死に至らせることを意図し、人工呼吸器など生命維持治療を中断することで患者さんを死亡させるものです。
2.苦痛緩和が目的であり、死は結果として生じる場合
③ 間接的安楽死(殺意なし)
苦痛を取り除く目的で行った治療の副作用などにより、結果として患者さんが死亡するものです。
①②は、「苦痛から解放するために死に至らせること」を目的としており、殺意を持ってその行為を行う点に特徴があります。
これに対し③は、あくまで苦痛緩和が目的であり、死そのものを目的としておらず、行為時に積極的な殺意がない点で大きく異なります。
つまり、①②と③の最大の違いは、「死亡させる意思(殺意)があったかどうか」にあります。
もっとも、③についても、死亡の危険性を認識しながら治療を行った場合には、未必の故意が認定され、結果として①に近い評価を受ける可能性があります。

④ 患者さん本人による治療拒否
(治療そのものを受けない選択)
も含め、広い意味では安楽死を4類型に分けて考えることができます。
もっとも、④を安楽死に含めない立場も多く存在します。
各類型の概要
① 積極的安楽死
苦痛を除去する目的で、薬剤投与などにより患者さんを死亡させる行為をいいます。
重要なのは、「死亡させる意思を持って医療行為が行われている」という点です。
日本では、このような行為は刑事事件の対象となります。
実際の裁判では執行猶予付き有罪判決となる例が多く、現時点で無罪となった例は見つけられませんでした。
なお、自殺そのものを処罰する法律は存在しませんが、他者が死に関与した場合には、自殺関与罪などが成立する可能性があります。
② 消極的安楽死(尊厳死)
生命維持治療を中止し、結果として死期を早める行為です。
ここでも重要なのは、「死に至らせる意思(殺意)」の有無です。
治療中止と死亡との因果関係が認められれば刑事事件化する可能性がありますが、実際には因果関係の立証が難しく、不起訴となる例も多いようです。
③ 間接的安楽死
疼痛緩和などを目的として行った治療の結果、副作用等によって患者さんが死亡する場合をいいます。
①との違いは、「死に至らせること」が目的ではない点にあります。
つまり、主目的は苦痛緩和であり、積極的な殺意は存在しません。
ただし、「死んでもやむを得ない」と認識しながら治療を行った場合には、未必の故意が認定され、①と同様に刑事責任が問題となる可能性があります。
なお、②と①③の違いは、
①③は「何らかの行為」を行った結果としての死
②は「治療をやめる」という不作為による死
である点にあります。
この意味では、次の④も不作為型に近いものと考えられます。
また、日本では、
「開始した治療を中止すること」と、
「治療を最初から開始しないこと」
は、刑法上・実務上、別問題として扱われる傾向があります。
④ 患者さん本人による治療拒否
患者さん自身が最初から治療を望まず、医師がその意思に従って治療を行わなかった結果、患者さんが死亡する場合です。
現在のところ、日本ではこれを積極的に刑事事件として扱う例はほとんど見当たりません。
一般には、将来の治療方針について事前に意思表示するものを「リビング・ウィル」といいます。
これは②の尊厳死と混同されやすいですが、日本で言う「リビング・ウィル」は本質的には「治療を受けるか否かの事前選択」です。
したがって、④は「治療を開始しない」という点に特徴があり、「開始した治療を中止する②」とは区別されますが、両方をリビング・ウィルに含める考え方もあります。
この治療の拒否を安楽死に含めるかは意見の分かれるところです。
現行法上の整理
以上をまとめると、日本の現行法制度では、安楽死は次の3つに分類できます。
1.殺意を持って医療行為を行い死亡させる
→ 積極的安楽死
2.殺意を持って治療を中止し死亡させる
→ 消極的安楽死(尊厳死)
3.苦痛緩和目的の治療の結果、副作用等で死亡する
→ 間接的安楽死
これに
4.患者さん本人の意思により治療を受けない
→ 治療拒否(リビング・ウィル)
を加えるかはそれぞれの考え方によると思います。
このうち、1〜3は刑事事件化する可能性があります。
そのため日本では、リビング・ウィルは主として4の「治療を受けるか受けないかの意思表示」として取扱われているようです。
リビング・ウィルでできること・できないこと
日本のリビング・ウィルでは、一般的に「治療を開始するか否か」を示すことはできますが、
開始した治療を途中で中止すること
積極的に死を招く行為を求めること
までは受け入れられにくい状況です。
例えば、
「人工呼吸器による治療は行わない」
→ 意思表示できますし、その指示通りになる可能性が高いです。
一方で、
「10日間治療して回復しなければ人工呼吸器を外す」
→ 意思表示は可能ですが、実際の治療中止には慎重な判断が求められ希望通りにならない可能性があります。
そのため、本人の意思表示は、治療開始前の段階で極めて重要になります。
裁判所の考え方
日本では、最高裁が安楽死の明確な基準を示したわけではありません。
しかし、
名古屋高裁による「安楽死6要件」
横浜地裁(東海大学病院事件)による「医師による安楽死4要件」
などが、現在の重要な判断基準として参照されています。

特に東海大学病院事件では、
1.間接的安楽死
2.消極的安楽死
3.積極的安楽死
が段階的に行われたため、裁判所がそれぞれについて詳細に判断を示した点で重要な判例と思われます。
もっとも、これらの判例は「仮に安楽死が許容されるならば」という
前提で要件を示したものであり、安楽死そのものを合法と認めたわけではない点には注意が必要です。


